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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(行ツ)40号 判決 1973年3月01日

東京都中野区本町六丁目二二番一一号

上告人

新倉まつ

右訴訟代理人弁護士

小町愈一

高橋一成

長倉澄

同都立川市高松町二丁目二六番一二号

被上告人

立川税務署長

木場初

右当事者間の東京高等裁判所昭和四五年(行コ)第五六号課税処分無効確認等請求事件について、同裁判所が昭和四六年二月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小町愈一、同高橋一成、同長倉澄の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、原審の適法に確定した事実ならびに民法および相続税法の関係規定に徴すれば、正当として是認することができる。原判決(その引用する第一審判決を含む。)に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨はすべて採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤林益三 裁判官 大隅健一郎 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫)

(昭和四六年(行ツ)第四〇号 上告人 新倉まつ)

上告代理人小町愈一、同高橋一成、同長倉澄の上告理由

第一点 原判決は、憲法の解釈を誤つている違法がある。(三権の分立及国民の裁判を受くる権利-三二条-違反)

原審はその理由(原判決第九丁表二行目以下)に於て『ところで被相続人の死亡によつて相続が開始すると、それと同時に相続財産に属する権利義務一切が、相続人の知、不知または事実的占有取得の有無を問わず、当然かつ包括的に相続人に移転承継するという実体的効果を生じ、相続人は確定的な相続権を取得し(もつとも相続人は後にその意思により相続を放棄することによつて、相続権の帰属を最終的に拒否しうることは論ずるまでもない)、かりに共同相続人間において一部相続人の相続権の存否その他の相続関係について粉争を生じ、これが確認を求める訴訟が係属するにいたつても、右の実体的効果には何んらの影響をも及ぼすものではなく、後日その判決が確定するときは、関係当事者間において紛争を解決する機能を営むだけのことである。しかして、相続税徴収の行政庁たる税務署長としては、相続税の賦課決定をするまでに相続権の存否その他相続関係の確定判決がありこれが提出された場合にはこれを尊重しなければならないけれども、右賦課決定するまでに前記確定判決の提出がないときは、たとえ一部相続人の相続権の存否に関して共同相続人間に紛争があり、その確認を求める訴訟が係属中であつても、相続税賦課決定の前提として、独自の立場で相続権の存否を認定することは、その職務遂行上当然に許容されるところである。』と抽象的に法律上の認定をし、更らに進んで『してみると、前示の如く控訴人(上告人を指す)が亡荒井正八郎の相続権があると主張し、これが共同相続人荒井キミとの間に紛争を生じ、同人との間に控訴人の相続権確認を求める訴訟が係属中であつても、被控訴人(被上告人‥‥立川税務署長を指す)が前示認定の如き事実関係のもとにおいて、控訴人に相続権があり、相続税納税義務が発生したものと認定した上本件相続税を賦課決定し、これに基づいて差押処分をしたのは相当であり、控訴人主張の如き暇疵ありとすることはできない。』と認定した。

しかし、

原判決の認定は、之を要するに、民法戸籍法に基き形式的に相続権者が定まるときは、たとえ実質的にその共同相続人の一部に相続権なき者ある場合ありとも(上告人の東京地方裁判所八王子支部係属中の相続権確認の相手方は、上告人の母の養子縁組は当事者間相通じて為したる仮装行為「民法第九四条」故無効なりと主張し、いわゆる巷間にいう名目養子なりと主張しているのである)、課税処分するまでに、裁判所が之を確定しない以上、形式的に戸籍上の記載だけを見て税務署長は課税処分しても違法ではないと認定したものである。しかしながら、

(一) 相続権があるかないか(従つて真実に、民法上に於いても相続しているかどうか)を税務署長が課税処分するまでに裁判所で確定せよというが如きは、今日の日本の裁判制度の実情すなわち綿密な口頭弁論による証拠調べ及び三審制度により少くとも四五年間を要して漸く確定する現行裁判の過程を忘れた不能を強いる空論という外ない。

(二) 又税務署長の課税処分後、その処分に反対の事実が判決によつて後日確定してもそれは後日関係当事者間において、紛争を解決する機能を営むだけのことである。と認定しているが、こは一体如何なる解決の機能を営めというのか?、仮りに何等かの解決手段(当方納入の税金の不当利得等)ありとするも、それは当然第二次の訴訟を予定するものであつて、これは国民に不当に権利救済を遅れさす違法を冒かす暴論である。

(三) 上告代理人は次の如く考うるものである。

民法実体法上相続権の存否につき争が生じた以上は、国の課税権も、何人に相続権ありやの裁判が確定する迄、その発生未必の状態にあるものと考う。

右の裁判に先ばしつて単に行政庁の一官吏が此の重大な権利の認定を為し得る権限を有するというが如きは、裁判官以外の一行政官吏が国民の権利関係を判断するものであつて、正に三権分立、及国民が裁判によつてのみその権利の存否を求め得るという憲法上の重大なる保障(憲法第三二条)をじゆうりんするものである。或いは、判決前に為す一時的の仮定的な行政処分(課税処分)なりというかも知れないが、此の行政処分(課税処分)によつて直に徴税し、差押処分するという重大な国民の財産権処分の効果を生ぜしめるというが如きは許されないところと思料する。之の重大な権利関係の真実の権利者は誰かということは、現行憲法の下に於ては、裁判所より外之を認定権なきものと考える。原判決は三権分立を認めた憲法第三二条を無視した違憲の判決である。

(四) 又翻つて考えるに、右の如き裁判によつて相続権存否の最終的な権利関係の確定迄、何故に国はその課税権(未必の状態なるも仮りに発生して居るとして)の行使を待てないのか、上告人には理解が出来ない。

課税を待つていて何か不都合且不利益な事が国に生ずるのか、原判決は此の点につき考慮をはらつた形跡がない。

(イ) 若し強いて早く納税させたければ、相手方荒井キミに全額納入させて置くのが正当である。何となれば、同人は全部相続したと主張し、その旨相続の申告もしているのではないか、又

(ロ) 上告人に対する課税権が時効にかかるとでも考えるとしたら、之は法律上の誤解である。上告人に対する課税権は前説明の如く未必の状態にあるものである。右の裁判が確定することは、取りも直さず上告人に相続権があるか否かが確定することであり、それは同時に上告人に対する課税権の存否が此の時確定することである。即ち此の時未必の課税権が完全な権利として誕生することであるから、課税権の時効は此の時からその進行を開始すると考える。従つて時効の点も心配はない。

果して然らば、原審の言うが如く相続権存否確定の裁判を待たず一行政官吏が課税権の存否を判断し課税して宜しいとは、そも如何なる観点からしても上告代理人の理解し得ない処である。

原判決はその審理不尽、理由不備か理由齟齬、且違憲判決であるからすみやかに破毀せらるべきものと思料する。

以上

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